俺が構えると同時に紅摩は突進を開始する。
俺は瞬時にその悪魔の一撃をかわす。
次の瞬間には俺の背後にあった大木が握り潰される。
即座に反撃に打って出ようとした瞬間、
「なっ!!!!」
紅摩は振り返ると同時にその遠心力を利用しての回し蹴りを放つ。
距離は十分開いていたが危険を察した俺は、咄嗟に『閃鞘』を利用してその場を離脱したが、それと同時に周辺の大木・岩石が綺麗に切断され、轟音と共に崩れ落ちた。
「まじか・・・蹴りでかまいたちを発生させやがった・・・」
俺はその力に唖然とした。
これでは接近して線か点を突くなど極めて困難だ。
親父の頃より更に力が上がってやがる・・・
しかし、直ぐに頭を切り替えると、背後に回り込み『凶断』より真紅の弾丸を連続発射する。
紅摩は直ぐに察知して回避するが一発腹部に命中する。
これに紅摩の表情が微かに強張るが直ぐに体勢を立て直し、俺に向かって突撃を開始する。
しかし間髪入れずに、『凶薙』から雷を放つ。
しかし、『降臨』は他より若干速度が劣る為、紅摩は容易く避けると再びあの魔手を俺に向ける。
咄嗟に俺はそれを紙一重で回避したがその位置に反対側の魔手が迫りつつあった。
俺は半ば本能で『凶断』を突き出し、剛槍を放出する。
紅摩の魔手と槍がぶつかり合い、その反動で距離をとった。
しかし・・・
「ば、ばかな・・・冗談だろ?」
俺はその光景に唖然とするしかなかった。
紅摩は真紅の槍を素手で掴みとりその場に身じろぎせず立っていた。
さらに槍をそのまま握り潰してしまった。
しかし、完全に無傷と言う訳でもなく、開かれた掌は火傷の様に焼け爛れていた。
それでもこの出来事は俺を半ば呆然とさせるに充分なものだった。
俺の知る限り、この具現化能力を素手で受け止められる生物など存在しない。
こいつは生と死を賭けた戦いを欲する余り、己の実力をとてつもない高みにまで引き上げたと言うのか?
そんな俺の思考も直ぐに中断せざるを得なかった。
紅摩の左右の魔手が寸断無く俺を捕らえんと猛攻を仕掛けてきた為だ。
その猛攻をかわし隙を突いて奴の点を突こうとするが、アルクェイドと同じ様に線も点も極めて細くなってしまっている。
これでは、そうやすやすと攻撃を加える事が出来ない。
それでもカウンター気味に入る一撃が完全でないにしろ、線をかする為、ようやく距離をとった時、紅摩の全身は傷だらけとなっていた。
かく言う俺も紅摩の魔手の風圧で服はずたずた、うっすらと血が滲んでいる箇所すらある。
「・・・ふふっ・・・見事だ、『七夜の倅』お前の父親より遥かに超える実力・・・更にお前の前では俺の肉体も無力か・・・これだ・・・これを待っていた」
「そうかい・・・紅摩。そんなに死が欲しいのなら・・・くれてやるよ!!!」
俺達は再度戦闘に突入した。
紅摩は魔手のみならず蹴りを加えた連携を持って俺を追い詰め、俺はそれをかわしカウンターで反撃を繰り出す。
しかし、状況が俺にとって圧倒的に不利である事実に変わりは無い。
具現化能力で遠距離攻撃を加えようとしても、圧倒的なスピードで間合いを詰めそれを許さず、更には実行できたとしてもそれを素手で弾き飛ばし、時には真正面から受け止め更には拳で粉砕してしまう。
呆れた事に『竜帝咆哮』は一撃の蹴りで二枚に下ろし、『メテオ』に至っては魔手の連撃をもって紅摩は退けてしまった。
その結果、接近しての攻撃となるのだが、それすら押され続けている。
時折線に一撃が入ろうとするが、それも直ぐに迎撃を受けて断念せざるおえなくなる。
(どこかで甘く見てたかもしれないな・・・)
舌打ちしながら再び俺は接近を試みようとした時俺は驚愕した。
「見事だ・・・しかし、ここまでだ・・・」
「!!!!」
信じられない速度で紅摩が俺の懐に入り込み腹にあの一撃を加えんとする・・・
次の瞬間俺は紅摩に腹部をつかまれ放り投げられた。
そのまま地面に叩きつけられるが、俺は直ぐに立ち上がり構えを取ろうとする。
しかし、さすがにダメージは大きいようだ、俺はその場にうずくまると胃の内容物と血を盛大に嘔吐した。
しかし・・・それなりの代償は相手にも与えた。
紅摩は俺を掴んだ右腕を信じられない表情で凝視している。
おそらくまったく力が入らない事をいぶかしんでいるのだろう。
あの瞬間・・・紅摩の魔手に捕らえられる瞬間・・・俺は考えるより先に体が行動を起こした。
時間にして0コンマ一秒にも満たないものだったかも知れない。
しかし、それが俺の生死を分け、この殺し合いの行方すら分けるものとなった。
俺の人差し指が紅摩のちょうど右手の掌に存在した、点を突いたのだ。
余りにも浅かった為、完全に紅摩を殺すには至らなかったが、その瞬間紅摩の右腕は完全に殺された。
そのお陰で俺は圧殺されず生き残れた訳だが・・・この衝撃、鉄パイプで腹を滅多打ちにされるのと大差ない。
(なんて奴だ。殺したにもかかわらず、衝撃があそこまで残っているなんて・・・)
ネロ・カオスの混沌すらも、点を突けばその瞬間活動を停止すると言うのに・・・
「・・・これは・・・俺の腕が・・・動かん・・・『七夜の倅』これはどう言う事だ?」
もう永久に動く事の無い腕を凝視しながら紅摩が怒るでも無く屈辱に震えるわけでも無くただ静かに俺に尋ねる。
「・・・はあ・・・はあ・・・これが俺の能力さ・・・知り合いは『直死の魔眼』と呼んでいるがな・・・紅摩、お前の右腕は・・・俺が殺した。もう動かん」
息も絶え絶えに俺がそう答える。
「・・・なるほどな・・・しかし、お前もそれ相応の代償を受けたようだな・・・今までの様に早くは動けまい」
「くっ・・・」
その通りだ、腹部の衝撃は想像以上に大きい、動こうにもまだふらふらする。
これではもうあの猛攻をかわしきる事は不可能だ。
「だが俺の代償はもっと大きいか・・・」
そう言うと紅摩も片膝を突いた。
よく見ると、先程殺した右腕と左足の部分が死に埋め尽くされている。
どうやらあの一撃で左足も俺は殺したようだった。
これで条件は五分と五分、いやむしろ俺の方が有利と言えるだろう。
だが、紅摩は残された右足のみで立ち上がると
「ふふ・・・俺もそう長くあるまい・・・ならば全ての力を使わねば損と言うもの・・・」
そう呟くと、全身に力を籠め始めた。
俺が何の真似なのかといぶかしんでいると、次の光景に眼を疑った。
右腕・左足が動き始めた。
もう死んでいる筈なのに・・・動いている。
それに従い、埋め尽くされた死が姿を消し、先程までの健在な部分として元に戻ってしまった。
そして再び右腕を掲げて突進の構えを作る。
しかし、死は紅摩の中から消えた訳ではなかった。
現に紅摩は全身に玉の様な汗を浮かべて全力で何かを堪えている。
更には今まで細く見えなかった線が、今ははっきりと俺の眼に捕らえられている。
体中に死を分散させて、殺された箇所を復活させたのだろう。
そして、それは少しでも力を抜けば直ぐに戻ってしまうのだろう・・・
そして・・・そんな線と点の中でも殊更はっきりと見えるのは右の首筋に見える今まで見て来た中でも最大級ともいえる大きな点。
あの点を突くしか今の俺に勝機はもう残されていない。
そう決心すると、俺は紅摩が動き出す前に『凶薙』を構え残る全妖力を注ぎ込む勢いで竜を纏い一直線に点を狙いに出た。
紅摩はそれに対し、避けようとせず・・・いや、まだ足が完全に回復していないのだろう・・・その場に仁王立ちすると、右腕を支えとした左腕で竜を真正面から受け止めた!!
(嘘だろ!!!)
鳳明さんの時に比べ数倍の威力を出し、先程の『ヘビーランス』の十倍近い妖力を注ぎ込んだ『飛竜』をこの男は・・・受け止めるとは・・・
だが感嘆している場合では無い。
「・・・ぬおおおおおお・・・・」
紅摩はこの状況で、徐々に前に進み始めていた。
明らかに『飛竜』が押されている。
更に力を出そうにも、もう『凶薙』は最大出力で竜を形成している以上、それも望めない。
更にこの状態も何時まで続くかわからない。
こうなれば・・・俺は右手を『凶薙』から放し、渾身の力を籠めて鞘に収められている『凶断』に手を伸ばす。
『凶断』の力をも放出し紅摩を退けないとならなかった。
しかし、これによってどの様な事が起こるのか?俺には想像も出来なかった。
と言うのも、今まで俺は一方が具現化の使用している時にもう一方を使う事は一度もしなかった。
だが今は、そんな事を言っている暇は無かった。
紅摩がこんな時に限って更に全身に力を籠めて竜を叩き落とそうとする。
「ぐううううう・・・・」
こちらはこれ以上放出出来ない。
それどころか間も無く『凶薙』の中から全て力を使ってしまう。
(くそったれ!!!!負けられるかよ!!!)
俺は自身を奮い立たせる様に内心で己に毒ずくと、ようやく『凶断』に手を掛け一気に抜刀、力の解放を試みた。
それと同時に、紅摩も己の全ての力を搾り出す様に握力を増した。
そして・・・そして・・・
俺は・・・この後の事を・・・詳しくは覚えていなかった。
ただ記憶の断片が教えるのは竜から何かに変貌を遂げる具現化能力・・・何かを貫く感触・・・
そして・・・気がついた時には、紅摩は両腕を肩口から失い地面に伏せる紅摩がいた。
「はあ・・・はあ・・・勝ったのか・・・俺は・・・」
俺もその場にへたり込む。
終わったとも、勝ったとも実感がまるで沸かなかった。
それでも俺はあわてて『凶断』・『凶薙』を鞘に収めた。
それと言うもの・・・
「げげっ・・・二本とも使い尽くしてる・・・数ヶ月は封印しないとな・・・」
そう呟くと今度は腹部に鈍い痛みがぶり返してきた。
「うぐっ!!今頃・・・になって・・・」
その時、
「・・ふふ・・・はははは・・・」
「!!!・・・紅摩?」
紅摩はこの状況で・・・間も無く死ぬと言うのに・・・静かに心底満足そうに笑っていた。
首筋・左足から『死』が侵食を行い、もう手の施しようも無い。
「ははは・・・礼を言う・・・『七夜の倅』・・・俺にこれ以上無い高揚を与えてくれた事を・・・」
「紅摩・・・」
「それに・・・しても・・・ひ・・・にくな・・・ものよ・・・父・・・親の・・・布石を・・・息子の・・・お・・・前がいかすとは・・・」
「??おい!どういうことだ!」
紅摩の台詞に俺は思わず詰め寄ったが、もう紅摩には聞こえていないようだった。
「何か・・・礼を・・・のこ・・・すのが・・・筋なの・・・だろう・・・が・・・あい・・にく・・・お、俺・・・には・・・何も・・・何・・・一つとて・・・無いからな・・・そ、そう・・・だ・・・せ、せめて・・・一つ・・・だけ・・・教え・・・てくれ・・・お、お前の名を・・・」
「・・・志貴・・・七夜志貴」
「そ、そうか・・・ははは・・・ど・・うやら・・・迎え・・・が・・・来た・・・ようだな・・・ようやく・・・この飢餓・・・から・・・解放される・・・さらば・・・だ・・・し・・・き・・・・よ・・・・・・」
それを最期に・・・軋間紅摩の己の血に左右された人生に幕は下ろされた。
何故だろうか?
俺は自分にもわからないが、傷ついた体に鞭を打ち、紅摩の遺体を一族の墓の前に運んできた。
そして墓の隣に大きな穴を掘るとそこに紅摩を横たわらせ、埋め直した。
「・・・皆・・・怒るかもしれないが、こいつをここに葬らせてくれ・・・俺にはどうしても他人に見えないんだ・・・俺達の様に自分の血統に翻弄された紅摩が・・・親父、紅摩はそっちに送ったからしっかりリターンマッチしろよ」
そう呟き立ち上がろうとした瞬間、
「強くなったな・・・志貴」
声を聞いた。
振り返ると、月光を受けてやはり静かに佇む壮年の男が立っていた。
顔はわからない、しかし俺は確信していた。
親父だと。
「・・・親父・・・まだだよ・・・俺はまだ強くない。今回も全ては『凶断』・『凶薙』の力だ」
「違うぞ志貴。その二本の力を極限まで引き出したのは間違いなくお前の力だ。自身を卑下するな」
親父はそう言うと、俺に近寄る。
今気がついた。
何時の間にか俺の周囲には数多くの人影が存在している。
皆が皆満足そうに笑っている。
それは復讐を遂げたという笑みではなく、更なる世代に自分達の思いを受け継がれる事を喜んでの笑みだった。
親父は俺の前に立つと俺の額に手を当てた。
「お前に全ての暗殺の技法を継承する。お前に全ての退魔の技法を継承する。お前に七夜の全てを継承する。七夜当主七夜黄理の名において・・・」
その瞬間、俺の脳裏に奔流の如くさまざまな技が注ぎ込まれ、それに伴い体にその技が次々と刻み込まれる。
親父は全てが終わったと言うように、満面の笑みを浮かべると静かに、
「志貴・・・お前が今宵より七夜の当主だ。更なる高みを目指すのもよい。全ての道を捨てるのもよい。全ては志貴お前の思うがままに進め・・・我が息子よ・・・」
その言葉と共に親父は静かに陽炎の様に消えていった・・・
「新たなる御館様に、御武運を・・・」
口々にそう言いながら、数多くの人影も消えていき、最後の一人・・・女性の人影のみが残った。
誰か直ぐにわかった。
「・・・か、母さん・・・」
その人・・・俺の母さんは、ただ無言で微笑み俺の頬を撫でる様に手を伸ばしその体勢で陽炎の様に消えていった。
何時の間にか俺の両目には涙が溢れていた。
暫くそのまま流すだけ流し、落ち着いた所で、
「・・・ふう・・・まったく・・・余計な事ばかり増やすなよ・・・このくそ親父・・・わかったよ・・・これから先は・・・俺は思う様に進むさ。その事に関してあの世で文句言うなよな・・・それと・・・ありがとう・・・皆・・・母さん・・・親父」
苦笑混じりに俺は言うとそのまま立ち去ろうとするが・・・
「ぐっ・・・まだきついか・・・今夜はここで野宿と行くか・・・」
そう言うと草原にごろんと寝転び、すっと瞳を閉じていった。
こうして俺の過去の清算としての戦いの幕は閉じた。
しかし、この後が大変だった。
一夜明け、ようやく体が回復し、屋敷に帰還したのだが、どうも徹夜で俺の帰りを待っていたと思われる秋葉達に、『兄さん!!!心配していたのに朝帰りとはいい度胸ですねぇええええ』と、訳のわからない激怒をされて追い掛け回されて、結果腹部の怪我を悪化させ、そのまま病院に入院となってしまった。
最初琥珀さんか翡翠の感応で治癒となっていたのが先輩と秋葉が猛反発し普通に入院となったのだ。
まあ、これの方が丁度いいかも知れない。
『凶断』・『凶薙』も、暫くは使用する気は無いし、鞘の部分に厳重な封印を施したので抜く事も出来はしない。
俺自身とあの二本の回復にはいい休養時間だ。
しかし、退院すれば行う事は山ほどある。
世界中の退魔組織に七夜の復活を高らかに宣言し、後紅摩との決着の際に放った具現化能力の正体を掴み、会得する、それに親父から受け継いだ七夜の暗殺・退魔技法を更に磨きをかけてそれから・・・
「ああ、止め止め。休養の期間なんだからもう少しゆったりしよう」
せっかく、久しぶりに得た静かな時間なんだから、もう少し大事にしよう。
そんなことを考えていた矢先、
「やっほー志貴ー」
「遠野君体の状態はどうですか?」
「あなた方!!どうしてここに来るんですか!!」
「志貴様・・・お加減は如何でしょうか?」
「志貴さ〜ん、お見舞いですよ〜」
少し訂正する・・・
ここは静かだとしても、俺にはいつもの空気が屋敷から病院になったに過ぎない。
(まあ、それもよしとするか・・・)
もう俺の心は決まっていた。
たとえ、全員が反対しようが、その結果屋敷を出なくてはならないとしても俺は全ての意味で七夜を継ぐと・・・
今回は最後の休暇なのだろう。
ならばそれを満喫しなければ損と言うものだ。
そう思いを馳せながら俺はいつもの様に喧騒を運んでくる皆にいつもと同じ笑みを浮かべて迎えていた。
後書き
短篇『赤鬼再来』いかがでしたでしょうか?
今回わかる人には『ああ』と思わせる所を用意しました。
たとえば紅摩の右の首筋の事とか・・・
詳しく言うのは止めるとしまして、紅摩の強さはどうでしたでしょうか?
『幾らなんでもでたらめ過ぎるだろう?』
そういうご意見もあるかもしれませんが、志貴が『凶断』・『凶薙』と言う反則的な武器を持っていますからこれ位は強くしないと・・
次の作品からオリジナル技がいろいろと、増えると思われますがそれはご了承という事でお願いいたします。
前編へ 戻る